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―世界消費者権利デー記念講演会―
「持続可能なライフスタイルへの公正な移行
 〜より近く・よりゆっくり・より寛容に〜」
開催報告

全国消団連 国際活動専門委員会

 国際消費者機構(Consumer International 略称CI)は、2025年3月15日の世界消費者権利デーテーマを「持続可能なライフスタイルへの公正な移行」としました。

 インターネットテクノロジーが大きく発展し、AIなどを駆使して私たちの生活も大きく変わろうとしています。皆の求めるところは持続可能なライフスタイルと共通してはいるものの、誰もが公正にそのライフスタイルへの移行(A JUST TRASITION)を実現するためには解決しなければならない多くの障壁があります。中でも経済的な社会の分断は、時代の進化とともに拡大し、資本主義社会の先行きを不透明にしています。

 今回の記念講演会では早くから日本の停滞状態を必然ととらえ、分断の拡大に警鐘を鳴らしてきた経済学者の水野和夫氏をお迎えして、経済の面から日本の停滞状態の構造的問題、そしてその解決への道筋について解説していただき、質疑応答を交えて今回のテーマを推進するためのヒントをいただきました。

【日時】3月15日(土)13時〜14時半
[zoomを活用したオンライン講演会]

【講師】水野 和夫氏(芸術文化観光専門職大学客員教授)

【参加】38人

【全体概要】

 インフレの出現により「16世紀にはすべての怪我が治る」とされた近代社会の始まり以来今日まで、世界はその行動原理「より遠く、より速く、より合理的に」に従いまっしぐらに進み、私たちが現在享受している豊かで便利な生活は、それなりの果実を手に入れた結果とも言えます。しかしながら、日本社会の経済の停滞状態は長期におよび、もはや経済成長で社会の諸課題を解決できない現実が最近では顕著です。

 これまでの行動原理を180度転換する必要性が生じています。これは「〜より近く、よりゆっくり、より寛容に〜」と言い換えることができます。さらにまたこの新たな行動原理は、今回の全体的なテーマである「持続可能なライフスタイルへの公正な移行」と同じ意味を持つことであると、様々なデータの数字を提示されながら、講師は以下のように解説いだきました。

【事務局による要約】

 「『より遠く、より速く、より合理的に』の掛け声の下、過去からこれまでの間、市場は果てがないかのように航海時代、植民地時代を経て拡大し、産業革命や多くのイノベーションにより、「より速く」がかなえられました。さらにエジソンの発明、フォードの技術革新等から「より合理的に」の希求も果たされました。

 しかし、もはやこの行動原理の限界が来ていると言わざるを得ません。すでに市場は開発しつくされ無限の空間は存在しません。速さを競った挙句、AIなどの登場により、人には自ら考えることさえ必要ではない、という現実が存在します。「人は考える葦である、ここに道徳の原理がある」との『パンセ』の言葉も空しく響くほどです。さらに、合理性の追求は、企業の利潤を極大化させはしましたが、多くの非正規労働者を生み、人間のモノ化が進みました。

 近代社会は経済的には利潤追求の社会と言いますが、実際には利潤は期待したほどには上がらないものです。長く続く日本の停滞状態は、内外の要因の結果ゆえになるべくしてもたらされたものなのです。内的には限界収益低減の法則により、限界収益がマイナスになりました。また金利は2019年からほぼマイナス状態が続いていますが、これらは時代の変化の過程での必然ととらえなければなりません。外的要因としては制約のある資源によりエネルギー収支が年々悪化し、一単位投入したエネルギーから獲得できる量の比率をみると、「1」のエネルギーを投入して得られるエネルギー量は「10」から「3」に落ちています。経済学の世界では、20世紀は機械化によって成長できるのではないかと、成長に頼らない古典派の考え方が否定されましたが、日本の現在の状況がもはや過去に戻ることになる経済成長に、頼ることができないことを認識する必要があります。

 すでにJ.S.ミルの著作には資本主義社会が進展した先では資本の増加が停まり、社会はあるべき姿としての停滞状態に至り、それを社会の理想の状態としている記述が見られます。

 その社会の特徴は①労働者階級の生活水準が高い、②富の公平な分配がなされている、実質賃金の増加、さらに一番大切な③人生の感動を自由に探究できる―自由時間が増加すること、の三つに要約されるとされ、成長の期待できない停滞状態の社会を理想的社会状態と予想しているのです。成長によって資本主義社会の繁栄が期待できない現代の状態こそが今回のテーマの「持続可能なライフスタイルへの公正な移行」を実現するにふさわしく、その実現は豊かでゆっくりとした生活が送れる状態の中でこそ可能になるのです。

 しかし、近代社会をスタートとした今の資本主義の当然の帰結としてこの停滞状態がもたらされたとはいえ、私たちの置かれている停滞状態はミルの言う理想の状態とはあまりにもかけ離れています。私たちはこの停滞状態を受け入れざるを得ませんが、いかに理想に近づけるかも考えなくてはなりません。

 イノベーションが停滞状態を変えるという期待もいまだにありますが、電気や自動車などの公共財と異なり、独占財のAIはあまねく恩恵が行き渡らないという問題もあります。イノベーションの開発が格差を広げている要因にもなっています。ミルの後、ケインズは停滞状態を、実質金利がゼロになったときと定義しています。2014年以降実質金利は日本もドイツもマイナスになり、アメリカも遅れてゼロになりましたが、現在プラスに転じています。日本の生活水準は2割下がりました。生活水準の下落がピークアウトした後、小さな政府が推進され、資本の自由化が促進されました。世界中で分断が進み2007年に出版された『ショック・ドクトリン』に見るように、他人の不幸を待ち望んでいる社会になったと言えるほどです。

 わが国では2013年から異次元金融緩和によって名目賃金は上がりましたが実質賃金は逆に下がり続けています。企業は人件費を削って売り上げを上げ、利潤率を高めました。ミルの理想とは正反対です。企業には過去最高の余剰資金があり、内部留保として積みあがっています。日本の労働者の生産性は1996年以降上がっているのに、実質賃金には反映されず、労働時間も長いままです。日本のGDPは2年前にドイツに抜かれましたが、労働者の能力が低い故ではありません。さらに格差の拡大で金融資産を持たない世帯が現在は24.5%にもなっています。消費性向は下がり、将来への不安から投資への関心は高まっています。人々に仕事の後芸術を楽しむ余裕はありません。食料の大半とエネルギーをすべて国外に頼っている日本の貿易赤字の増大とエネルギー収支の悪化に歯止めをかけるのは喫緊の課題ともいえます。化石燃料に頼らず、近隣で獲得することのできる再生エネルギーへの転換が急務です。

 世界に目を向けるとどの定義に照らしてもリーダーと呼べる国はすでになく、頼れる国は存在しません。同じ停滞状態にありながら、日本の労働者の平均賃金をはるかに越えているドイツの例には学ぶところがあるかもしれませんが、日本はこの停滞状態の中で理想に至る独自の道を見出さなければなりません。

 過去の成功体験を忘れられず再び経済成長を目指しては過去へ逆戻りすることなく、未来を見据えたいものです。この停滞状態はおそらく長期に続くと思われます。企業の内部留保を吐きださせるためには税金の形をとるのも一つのアイデアです。そしてこの社会では消費者が主役です。消費者団体の皆様にはぜひ今後も頑張ってほしいと思います。」としていくつかの質問にも答えていただき、講演を終了しました。

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