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学習会『ゲノム編集食品 もっと知って考えましょう』開催報告

 食の安全や食品の表示について様々な側面から学んでいく企画の一環として、今回は「ゲノム編集食品」をテーマに学習会を開催しました。前半はゲノム編集養殖魚を開発したリージョナルフィッシュ(株)より、ゲノム編集の仕組みや品種改良の効果、表示とトレーサビリティなどについてお話しいただき、後半は厚生労働省より、ゲノム編集食品の安全性を確認するための事前相談や届出、後代交配種の扱いなどについてお話しいただきました。

【日時】8月30日(火)15時00分〜17時00分〔Zoomを活用したオンライン学習会〕

【講師】リージョナルフィッシュ株式会社 シニアアドバイザー、元農林水産省 畜水産安全管理課長 藁田(わらた) 純さん
厚生労働省 新開発食品保健対策室 室長 今井 美津子さん、主査 浅生 政徳さん

【参加】87人

概要(事務局による要約)

■ゲノム編集技術を利用した新たな品種改良の可能性
(講師:リージョナルフィッシュ 藁田純さん)

◇品種改良とは?

 今の農作物や家畜の品種は、人類が気の遠くなるような選抜作業を地道に進めてきた賜物であり、品種改良は長年の人類の努力の結果と言えます。これまでの「選抜育種」では、優れた形質を備えた個体を選抜し、それらを交配して後代を得ることにより、遺伝的能力を少しずつ高めてきました。人口の増加や食のニーズの変化による食料需要を支えてきたのは、品種改良と生産技術の進歩ですが、気候変動への対応や生産性の向上など、これからの食料需要に応えるためには、さらなる品種改良が求められます。

◇放射線育種と遺伝子組換え

 「放射線育種」は、植物に放射線を照射し遺伝子の突然変異を起こしやすくする育種法です。植物が既に持っている遺伝子の変異を促して新たな品種を作るもので、自然の突然変異の延長になります。一方「遺伝子組換え技術」は、その動植物に存在しない遺伝子を外から導入して新しい品種を作るもので、トウモロコシや大豆を始めとする多くの農作物で利用されてきました。「外部から遺伝子を導入する」点が他の育種法との大きな違いで、食品衛生法等の法律に基づく安全性の審査が必要となります。

◇ゲノム編集育種とは?

 「ゲノム編集育種」は、動植物の遺伝情報に基づき、目的の遺伝子を特定した上で人工酵素「クリスパー・キャス9」を用いて変異を起こす技術です。変異が起きた後は、従来の「選抜育種」と同様に、優れた形質を持つ個体を選抜して、それらを交配して後代を得ます。手続きとしては国の通知に基づく「事前相談」と「届出」が必要となります。

◇養殖魚のゲノム編集育種

 ゲノム編集育種によって、従来の品種から新たに、肉厚な可食部増量マダイへ改良が行われました。マダイはもともと可食部が少ない魚種ですが、結果として可食部の割合が1.2倍、飼料の使用量を2割節減することができました。ゲノム編集は、従来の放射線育種のように突然変異を人為的に起こして長い時間と手間をかけて行う育種に比べ、遺伝子配列を調べて狙った場所を編集できるため、改良スピードが大幅にアップされます。

◇水産業におけるゲノム編集の可能性

 日本の水産物生産量は縮小傾向にあり、生産の多くを養殖魚が担っている状況です。しかし、農作物や家畜では既に改良が相当進んでいる一方、養殖の歴史が浅いこともあって、魚は未だにほぼ原種のままです。ゲノム編集育種であれば、これまで難しかった魚の品種改良を短期間で実現できるようになりますし、日本は「完全養殖技術」に優れており、品種改良を国際的にリードできるポテンシャルを持っています。また、増体性や飼料の利用効率の改善は特に有望な改良目標で、環境に優しく持続可能な水産業の実現にも貢献するもので、肉厚のマダイと高成長のトラフグは、これらの目標を実現した品種です。

◇ゲノム編集食品としての国への届出

 各省の通知に基づき、厚生労働省には食品としての安全性について、農林水産省には生物多様性への影響と家畜・養殖魚用飼料として使われた場合の安全性について、それぞれ事前相談と届出を行いました。加えて、消費者庁に相談しながら、適正な表示と積極的な情報提供を実践してきました。

◇表示とトレーサビリティ

 生産情報は養殖施設の水槽毎に管理・保存し、加工履歴とセットで実需者に提供しています。これまでは主にECサイトを通じて提供していますが、食品として適正に表示することに加えて、QRコードを介して生産・加工履歴や商品の特徴などの情報を提供しています。また社内に「お客様相談室」を設けて、電話やメールでのお問合せに対応しています。ゲノム編集食品が消費者に受け入れられるためには、安全性はもちろん、味や価格など食品としての基本的な価値が大切ですし、その上で多様な方法で丁寧な情報提供とトレーサビリティの確保を実践しています。

■ゲノム編集技術応用食品の食品衛生上の取扱いについて
(講師:厚生労働省 今井美津子さん)

◇ゲノム編集食品の食品衛生上の取扱い

 ゲノム編集技術は、特定のDNA部位を切断する酵素(ハサミ)を細胞内で発現させ、高い精度で標的DNAを切断することができる技術です。一方、遺伝子組換えでは他の生物の遺伝子のDNA配列が組み込まれます。外来遺伝子の導入は自然界や従来の育種技術では起こり得ない遺伝子変化なので、遺伝子組換え食品を販売する際には安全性審査を経る必要があります。

 ゲノム編集食品についても、外来遺伝子が組み込まれたものは安全性審査を経る必要がありますが、自然界や従来の育種技術でも起こりうる範囲のものは、自然界等と同程度の安全性が確保されているものと考えられ、安全性審査を経る必要はありません。ただし新しい技術であることから事業者に届出を求め公表することとしています。またゲノム編集食品の開発事業者は、厚生労働省に対して事前相談を行い、厚生労働省は「遺伝子組換え食品等調査会」等に対して届出と安全性審査のどちらに該当するか意見を求める仕組みになっています。

 これらの取扱いは「ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領」において令和元年10月より運用が開始されています。

◇後代交配種等の取扱い

 ゲノム編集食品における後代交配種とは、ゲノム編集食品として届出された品種に、従来品種等(ゲノム編集食品としての届出品種や遺伝子組換え食品としての安全性審査後の品種を含む)を伝統的な育種手法を用いて掛け合わせた品種を言います。一般的にはゲノム編集を施した作物の当代は市場流通するものではなく、その後の育種過程において交配や選抜を繰り返して性質を安定させたものが品種として確立され市場に流通することになります。この育種過程を経たものが届出の対象になり、届出されたゲノム編集食品は市場流通が可能となりますが、さらにその後の育種である後代交配種が作り出され市場に流通する場合について取扱いが整理されています。

 後代交配種の食品衛生上の取扱いについては、遺伝子組換え食品等調査会において、「食品の安全性は現在流通している従来の食品と同様であると考えられるとされて、事前相談及び届出は求めないこととする」とされました。ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領の「後代交配種等の取扱い」に関する改正は令和2年12月に行われています。

◇魚類の取扱い

 ゲノム編集魚類の取扱いについては、養殖魚は栽培植物と比べ品種改良の歴史が非常に浅いこと、魚種によっては遺伝的多様性が高いこと、ゲノム編集当代において各細胞でモザイク状に変異が起こりやすいことから、届出集団の選定には留意が必要とされています。

 植物における安全性評価については、1細胞由来の変異の系統による集団が基本となりますが、魚類では必ずしも1細胞由来の変異の系統による集団である必要はないと考えられます。その上で届出集団の選定の条件については、標的遺伝子の変異の内容が全く同一であり、届出集団あるいは親世代の全ての個体において外来遺伝子の残存がないことなど、安全性に必要な確認がなされていることが求められます。

 またフグなど食品衛生上のリスクがある魚類については、従来の規制、例えば、ふぐ毒が貯まる部位の廃棄などに従う必要があります。自然毒のリスクは、ゲノム編集の程度や箇所に関わらず慎重に判断するべきであるため、例えば、従来のフグとゲノム編集フグの可食部の毒性が食品衛生の観点において同等である、ということを科学的に示すことが必要となります。

◇これまで届出のあったゲノム編集食品

 令和2年12月「グルタミン酸脱炭酸酵素遺伝子の一部を改変しGABA 含有量を高めたトマト」
 令和3年9月「可食部増量マダイ」
 令和3年10月「高成長トラフグ」
 以上の3品目があります。情報の一覧は厚生労働省のホームページに掲載しています。

◇今後の取り組み

 ゲノム編集食品については消費者の不安の解消に努めることが重要であり、消費者の理解促進を念頭に置いた丁寧なリスクコミュニケーションの実施が必要であると考えています。

 安全性の確保については、現時点における科学的な知見に基づいて「ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領」で示していますが、今後の科学的知見の充実、国際的動向、利用実績等を注視しながら必要に応じて見直しも検討していきます。

■質疑応答より(抜粋)

Q:ゲノム編集された魚などが自然界の個体と共存することは可能でしょうか。また自然界に悪影響を与えるリスクはあるのでしょうか。

A:今回開発されたマダイとトラフグに関しては、陸上養殖の閉鎖系の施設で飼養されており、外に出ることはないです。仮に外に出たとしても、人に合わせて改良されたものなので、そのまま生き延びて、野生の魚に悪影響を及ぼすとは考えられません。(回答:藁田さん)

Q:届出が任意であることで、恣意的に届出せずに開発した場合はどうなりますか。また届出が義務化されない理由はなぜでしょうか。

A:ゲノム編集食品の取扱要領は通知として自治体はじめ関係各所に周知しており、事前相談から届出まで仕組みに則って運用されていくものと考えています。また届出と判断されたゲノム編集食品は自然界でも起こり得る変異であり安全性も同等と判断されています。新しい技術であるため消費者への配慮も必要と理解しているので、引き続き適切な制度の運用に努めていきます。(回答:今井さん)

Q:後代交配種もゲノム編集食品には変わりないので、後代交配種だから届出も情報提供もなく流通してよいとなれば届出制度に抜け道ができてしまうのではないでしょうか。

A:後代交配種は従来の掛合わせと同等のリスクにとどまり追加での届出や情報提供は不要とした取扱いは、薬事・食品衛生審議会で審議した上での判断となっております。情報伝達や表示は必要なことであると認識をしていますが、食品衛生法の範疇とは分けて整理されるべきものと考えており、今後も必要に応じて引き続き検討していきます。(回答:浅生さん)

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