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学習会「健康な食生活と食品安全」開催報告

 人が健康に生きるためには、健全な食生活を送ることは必須です。食品は、エネルギー源になったり、栄養源になったりするだけでなく、近年は「機能性」がうたわれたりもしています。また、食品であるからには、食べておいしいことも必須条件ですし、「食べる楽しみ」も求められます。「健康な食生活と食品安全」についての学習会を開催しました。

【日時】 4月24日(水)13:30〜15:30

【会場】 主婦会館プラザエフ 5階会議室

【参加】 33名

【講師】 農林水産省 顧問 山田 友紀子さん

概要報告<事務局による要約>
(対話形式で分かりやすく進めていただきました)

――選択肢のうち、健康に対する影響が大きいのはどれだと思いますか?

 喫煙は吸っている人だけでなく、周りの人にも迷惑です。しかも自分で吸うか吸わないか決められるもの。自分で吸うかどうか決められない排気ガスもあります。食べ物をただ食べるのではなく、食事習慣や栄養、運動など健康な生活のためには様々な要因が関係します。

――我が国で生産・製造される食品は世界一安全でしょうか?

 安全の基準は高い方です。日本の土壌はヒ素・カドミウムを多く含んでいます。単位面積当たりの農薬の使用量は世界でも多いです。湿潤な気候、密植など農薬を使うことを必然とする要素もあります。食品は、安全にする努力をしないと安全にはなりません。

――微生物と農薬・添加物、より注意が必要なものはどちらでしょう?

 食中毒の原因はほとんどが微生物です。買ってきた時にはたとえ菌の数が1個しかなくても、食べる時には何兆個になることもあります。家庭での衛生管理なくして健全な食生活はあり得ません。残留農薬や食品添加物など化学物質の使用は必要最小限になるように規制しています。しかし少なすぎて機能を発揮しないのでは、使用しない方が良いです。

――「農薬を飲んで自殺する人もいるのだから、食品中に農薬は存在してはいけない」についてどう思いますか?

 食品安全は量の問題です。ppmとは1sの中のrのことです。「散布量」と「残留する量」は全然違います。食品中の残留値は規制されています。本来、農薬は植物病原菌や害虫、雑草などを殺すためのもので、大量に使用するのであれば安全ではないです。散布する人に危険だからです。安全なものではないから、効果や安全性を評価する必要があります。その結果として、効果があり安全なものだけが登録されています。しかし50年後に同じ効果とは限りません。だから古い農薬は再評価を行い、チェックすることが必要です。

 その後「化学物質って『怖い』または『危険』なものでしょうか?」「食品について、『天然由来のものは安全だ』という意見についてどう思いますか?」「有機農産物は、慣行農業による農産物より安全でしょうか?」など、身近な事例をもとに質問が投げかけられました。さらに「食品安全とリスクアナリシス」について講演が続きます。

――「食品が安全である」とはどういうことでしょうか?

 Codexでは「意図された方法で作られたり、食べられたりした場合に、その食品が食べた人に害を与えないという保証」と定義しています。水や食塩のように生命の維持に必要な物質でも、大量に摂ると健康に悪影響があります。どんな物質・食品も毒になり得るのです。安全は量の問題です。また、意図された方法を知るためには食品表示が大きな役割を果たします。

食品安全行政の世界的傾向

 国民の健康保護が最重要です。そのために問題発生の未然防止が政府の最優先です。問題を「起こさないためにどうするか」科学的データを使い科学的判断をするのが政府の役割です。農場から食卓までのフードチェーンをカバーしなければ食品の安全性は保証できません。しかし、事業者に難しいことを押し付けて倒産してしまっては、結果的に損するのは消費者です。食料生産の振興等とのバランスは必要です。

安全性評価の変遷

 アメリカでは1958年にDelany条項で、「発がん性のある物質は食品中に存在してはいけない」と定めました。当時は画期的な条項でしたが、科学の発展に伴いかつては分析できなかったものが分析できるようになり、1985年に「100万人の生涯(70年)に1人がん患者が増える」ところまで許容されることになりました。その後さらに科学は発展し、ppt(ppmの1/100万・・オリンピックプールに1滴よりさらに薄い)まで測定できるようになり、感受性の高い実験動物や培養細胞の開発も進んできました。昔はリスクがあってはいけないとされていましたが、近年は、使用・摂取レベルで安全かどうか、社会がどこまでリスクを受け入れることができるかを考えてリスクアナリシスを行うように変わってきました。

――リスクアナリシスとはどういう意味ですか?

 リスクアナリシスのアナリシスは、一部から全体を演繹することです。リスクとは「将来起きるかもしれない損失(必ず起こるかどうかはわからない)、または、損失や危害が起きる可能性」を意味します。リスクはあると考え、高いか低いか、大きいか小さいかを推定します。英語ではrisk、dangerと使い分けられていますが、日本語では「危険」と言われます。実際には「やばさ」「おそれ」などがふさわしいでしょうか。何か起こるかもしれないという確率的なものです。リスクアナリシスとはリスクの程度を知り、それを低減するための措置をとることで、その間、利害関係者の間でコミュニケーションを行います。リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションの三要素から構成され、食品の安全性に関わる有効なツールとして世界各国で使われています。

食品の安全性に関連してなぜ摂取量の推定が必要なのでしょう?

 化学物質のリスク評価の過程で、その化学物質の毒性の性質と程度を、実験動物を使った毒性試験や人を対象とした疫学調査の結果をもとに検討します。毒性指標の(ADI/PTDI)の大小は、リスクの程度を示すものではありません。ハザードを含む食品の消費量やハザードの食品中の濃度によって、リスクは増減します。ADI(一日許容摂取量)やPTDI(一日耐用摂取量)が極めて低い値(毒性が高い)であっても、それを含む食品を摂取しなければ、または食品に含まれていなければ、リスクは低いです。リスクはハザードを含む食品の消費量とハザードの食品中の濃度によって決まります。

  ADI(mg/kg bw/day) 摂取量(mg/g bw/day) 考え方
A 0.1 10 リスク管理が必要
B 0.001 0.00001 安全といえる

リスク評価を成功させるには何が必要でしょうか?

 毒性データや汚染、使用実態の調査データなど科学的データが不可欠です。また、そのようなデータを作成したり評価したりできる人材の育成と教育も必要ですし、リスク管理者との密接なコミュニケーションも重要です。リスク管理者はリスク評価の結果を検討し、製造規範の作成など施策を最終決定したり、消費者のための食べ方や取り扱い、保存の方法のアドバイスをするなどリスク管理措置を行います。

リスク管理の科学的不確実性

 科学的不確実性を考慮して予防的措置(precaution)を適用することが世界的に常識になっています。通常より高い安全係数を用いるなど、より厳しいリスク管理措置を行うことです。国際的な食品安全分野では「予防原則(precautionary principle)」という用語は使いません。欧州連合だけが「予防原則」という用語を使用しています。欧州連合では、健康への悪影響が特定されているが、科学的データが不十分と考えられる場合、例えばBSEの場合(クロイツフェルトヤコブ病になる原因と結果は明らかだが、データが不足していた)に使われましたが、GMOでは健康への悪影響が特定されていないので、「予防原則」を使っていません。日本では、「予防原則」という翻訳のため、問題を起こさないための原則のように勘違いしている人が多いです。

――食品安全は誰の責任でしょうか?

 食品の安全性を確保するためには、政府、生産者、製造者、販売者だけでなく消費者にも責任があります。関係者全ての責任です。微生物については家庭での取り扱いが重要です。

私たち市民にできること

●購買力を生かして、より安全な食品を作らせる。
 便利さや値段だけでなく「調理・半調理品には食品添加物が必要」等、安全性について知識を持つことが必要です。 

●自己防衛をする。
 多種類の食品を少量ずつ摂取する。その方が悪いものがあっても健康に悪影響を及ぼしにくいです。家庭内でも食品を衛生的に扱う。そして安全な食品を選ぶ目と舌を育成することです。

 その後の質疑応答では、農薬や、WTOにおける福島県産の水産物についての質問が出され、分かりやすくパワフルな学習会となりました。