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「商法(運送・海商関係)等の改正に関する中間試案」
に対して意見を提出しました。

法務省民事局へ4月30日提出

<意見1>

 商法第590条1項の規律(立証責任の転換と人身損害の場合の免責を排除する)を維持することについては、高度の技術化と分業化の進んだ運送業務において、顧客が運送事業者の責任を明らかにすることがきわめて困難であること、及び人身に関する法益はかけがえのない重大なものであることを考慮すれば妥当なものと考えます。

 その上で、商法第590条1項に反する特約で旅客に不利なものを無効とする規定をおく【乙案】を支持します。

<理由>

①甲案で足りるとする意見の中には消費者契約法の規律に任せれば足りるとするものもありますが、同法8条の事業者に対する免責条項を無効とする規律では、人身損害の場合の一部免責は無効とならないし、同法10条において無効となるかも明確ではありません。このような状況の下では、590条1項の規律を無意味にする約款が横行するおそれがあります。

②運送事業者と消費者が直接契約する場合であれば、消費者契約法の規律が及びますが、企画型旅行において旅行業者が運送業者と契約する場合、社内旅行で会社が契約当事者となる場合、その他学校、町内会などの任意団体など運送契約の当事者となる場合には、消費者契約法の規律は及ばず、このような場合に人身損害が生じたときに、約款により免責とされてしまう場合があり得ます。

③人身損害の賠償額について上限をさだめる特約も存在します。遊覧航空の事業者の約款において、人身損害に対する運送人の責任を旅客1人につき2300万円までに制限する条項があります。航空法にもとづく認可約款であるはずですが、人身損害に対する損害賠償額の上限が設けられている問題のある事例です。このような問題がありますので、【乙案】をぜひ採用していただきたいと思います。
なお、国内線航空機事故において損害賠償責任限度額を定めた約款の効力を無効とした裁判例もあります。(大阪地判昭42・6・12(判時484号21ページ)東京高判平成元・5・9(判時1308号28ページ)

④旅客側が、運送人の過失の立証に苦労した事例もあります。鉄道旅客運送に関しては、標準約款がなく、各社の旅客営業規則が契約内容を規定していますが、旅客の人身損害についての運送人の責任に係る規定は、おかれていないというのが通例です。そのような中で、鉄道事故で、旅客側が立証するに際し困難を伴った信楽列車事故の例があります。(本事案は、一審・控訴審と旅客側が勝訴し、確定。)【乙案】を採用し、商法590条1項の規定に反する特約で旅客に不利なものを無効とすることが明確にされれば、鉄道においても590条1項の規定の趣旨が、旅客営業規則に明文化されることが期待されます。

※信楽列車事故・・JR西日本が損害賠償責任を争ったために、遺族らは第一審、控訴審で事故原因の立証に労力を払わざるを得なかった。一審・控訴審ともJR西日本が敗訴。上告を断念して確定。事案は、第三セクターの信楽高原鉄道の路線上で、同社の車両と直通乗り入れしていたJR西日本の車両が正面衝突した事案。単線区間で代用閉そく方式が採用されていたが、実際には閉そくが確保されていなかったために生じた事故。その点に関して、誰がどのような義務を負担し、どのような義務違反や過失があったのかという点が問題となり、原審・控訴審いずれの判決も、その点が詳細に検討されている。利用者には事業者側の従業員や役員の担当している職務分担や行うべき業務の内容などはわからず、その注意義務違反を主張・立証することは困難を伴う。

<意見2>

 商法786条1項について削除すべきでないと考えます。

<理由>

 786条1項を削除する点について、堪航能力に代えて安全配慮義務で足りるのではないか,という議論もなされているようです。しかし、安全配慮義務は運送義務それ自体ではなく、それに付随する信義則上の義務に関して、通常はその不完全履行を問題とするものであり、顧客がその義務違反を立証するのは実務上は必ずしも容易ではありません。その意味で、【甲案】【乙案】いずれを採用する場合であっても、無過失責任である堪航能力担保義務を、顧客の人身損害に対する救済を容易にするために存続させるべきと考えます。

<意見3>

 堪航能力担保義務に相当する安全性担保義務を、無過失責任として陸上運送・航空運送にも規定するべきです。

<理由>

 人身に関する法益はかけがえのない重大なものであり、運行責任者の過失の有無にかかわらずその損害は賠償されるべきであることから、堪航能力担保義務に相当する安全性担保義務を、無過失責任として陸上運送・航空運送にも規定することについて、検討すべきです。安全性担保義務の規定は安全配慮義務と異なり運送人が負うべき義務の内容が明確化されることを期待します。

以上

(参考)商法(運送・海商関係)改正中間試案と補足説明

中間試案 補足説明 意見
第3   旅客運送についての総則的規律
   
1   総論
     商法第2編第8章第3節(旅客運送)の規律について,2から5までのような見直しをした上で,これらを陸上運送,海上運送及び航空運送のいずれにも適用するものとする。
 現行法では,陸上運送(商法第590条から第592条まで)と海上運送(同法第777条から第787条まで)の規律が各別に設けられているが,航空運送の規律を新設するに当たり,これらに共通する総則的規律を設けることが分かりやすいことから,物品運送と同様に,試案の第3の1では,このような考え方を明らかにしている。  
2   旅客運送契約
     旅客運送契約は,運送人が旅客を運送することを約し,相手方がこれに対してその運送賃を支払うことを約することによって,その効力を生ずるものとする。
 現行法では,旅客運送契約の基本的な内容を示す規定がないため,物品運送契約についてと同様に,試案の第3の2では,これを示す規律を設けることを提案している。  
3   旅客に関する運送人の責任
   
(1) 商法第590条第1項の規律に関し,次のいずれかの案によるものとする。
  【甲案】現行法の規律を維持するものとする。
  【乙案】商法第590条第1項の規律を維持した上で,次のような規律を設けるものとする。
  商法第590条第1項の規定に反する特約(旅客の生命又は身体の侵害に係る運送人の責任に関するものに限る。)で旅客に不利なものは,無効とする。
  (注)商法第786条第1項(同法第739条のうち,船舶所有者の過失又は船員その他の使用人の悪意重過失により生じた損害の賠償責任に係る免責特約を無効とする部分を準用する部分に限る。)は,いずれの案による場合でも,削除するものとする。
 現行法は,旅客に関する運送人の責任について,運送人は,運送に関し注意を怠らなかったことを証明しなければ,旅客が運送のために受けた損害を賠償する責任を負うと定めている(商法第590条第1項,第786条第1項)。この規律は,旅客の生命又は身体の侵害及び延着について適用され,一般的な債務不履行責任と同様に,運送人は,帰責事由の不存在につき証明しなければ損害賠償責任を負うと解されている。
   分科会では,商法第590条第1項の規律の内容が分かりにくいとの指摘があり,引き続き検討する必要があるが,基本的には,現行法の規律の内容を維持すべきであるとされた。
 現行法は,陸上運送については,運送人の責任を片面的強行規定とする旨の規定はないが,海上運送については,船舶所有者の過失又は船員その他の使用人の悪意重過失により生じた損害の賠償責任に係る免責特約が無効になると定めている(商法第786条第1項,第739条)。
   分科会では,旅客の人命尊重の観点から,旅客の生命又は身体の侵害に係る運送人の責任に関し,商法第590条第1項の規定に反する特約で旅客に不利なものを無効とする旨の片面的強行規定を設けるべきかについて検討された。
   試案の第3の3(1)の甲案は,陸上運送や航空運送の規律の現状を前提として,片面的強行規定を設けないという考え方である。一定の旅客運送事業者は,運送約款につき主務大臣の認可を受ける必要があるところ,認可の要件として,旅客等の正当な利益を害するおそれがないことが要求されており,また,主務大臣は,法令上一定の場合に,運送約款の変更や,事業者が旅客の運送に関し支払うことのある損害賠償のため保険契約を締結することを命ずる権限を有することがある。さらに,旅客運送については,消費者契約法第8条及び第10条や民法第90条に基づき,裁判手続において事案に即して柔軟かつ適切に不当な約款が制限されてきたこと(東京高裁平成元年5月9日判決・判例時報1308号28頁参照)を踏まえるものである。各種標準約款を始めとして,実務上,一般には,旅客の生命又は身体の侵害に係る運送人の責任に関し旅客に不利な特約はされておらず,ごく一部に特殊な約款がみられることをもって商法に片面的強行規定を設けるというのは飛躍があるとの意見もあった。
   乙案は,商法第786条第1項の趣旨を陸上運送及び航空運送に及ぼし,片面的強行規定を設けるという考え方である。乙案によると,同法第590条第1項に反して,損害賠償請求をする旅客の立証責任を加重したり,旅客に賠償すべき損害の上限額を定めたりする特約などは,無効となる。現在の各種標準約款には,このような特約はないようであるが,例えば,一部の国内航空運送において,旅客の生命又は身体の侵害に係る運送人の責任を旅客一人につき2300万円程度に制限する旨の契約条項もみられるところ,当該契約条項は無効となる。このように,旅客運送について消費者契約法の適用がある場合に,事業者の軽過失による損害賠償責任を免責する旨の特約は,信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害するか否かという個別的な判断によりその有効性が判断される(同法第10条)が,乙案は,これを一律に無効とする点で,予測可能性にすぐれ,旅客の人命尊重に資する面がある。また,法人が契約の当事者となる場合や,個人が事業として又は事業のために契約の当事者となる場合には,消費者契約法の適用はないから,例えば,会社がその従業員を旅客とする運送契約を締結する場合や,個人事業主がその事業のために運送契約を締結する場合には,同法による保護を受けることもできない。
   乙案に対しては,飲食や宿泊に関するサービス業など,消費者の生命又は身体を害するおそれがある事業は多数存するにもかかわらず,旅客運送に限って片面的強行規定を設けることは疑問であるとの意見や,旅客の生命又は身体の侵害が運送の遅延によって生じた場合にまで,運送人の免責が一切認められないのは酷であるとの意見があった。また,現在では,道路運送法第78条第2号所定のNPO法人が行う自家用有償旅客運送のように,営利と非営利の垣根が低くなっており,旅客にとって,自己の運送契約に営利事業に関する商法の規律が適用されるかが明らかでないことや,運送人が賠償義務を負う「旅客カ運送ノ為メニ受ケタル損害」の範囲が曖昧であること(運送人が提供した食事による食中毒の事例等)などを前提として,片面的強行規定の適用範囲が明確でないとの指摘もあった。
   このほか,分科会では,大規模な地震や火山の噴火等のような緊急時における規律の在り方についても検討された。このような場合に,記者やボランティアの方々を輸送するに際しては,運送人が損害賠償責任の全部又は一部を負わない旨の誓約書を交わすことがあるようであるが,そのような特約が無効となると,運送人が運送の引受けをちゅうちょするおそれがあるとの指摘があった。また,現在,国土交通省では,災害時においても船舶による輸送を確保する必要がある一方で,原則として保険の適用がないために運送事業者が高いリスクを負うことを踏まえ,運送契約上責任限度額を定めること等によってバランスの確保を図ることを検討しているとの指摘もあった。なお,このような特殊な運送をするに際して運送人が損害賠償責任を負わない旨の誓約書については,運送人が必要な注意義務に違反しない限り責任を負わないという局面の問題であって,注意義務違反により生ずる損害賠償責任を制限するものでないとの意見があった。これに対しては,誓約書の意味としては,訴訟において運送人が必要な注意義務を尽くしたかにつき真偽不明になった場合でも,運送人は一定の範囲内でしか責任を負わないことを担保することにもあるのではないかとの意見があった。
   以上を踏まえ,試案では甲案と乙案を併記しているが,仮に乙案によるときは,片面的強行規定の適用範囲に関し,@運送の遅延により受忍限度を超えて旅客の身体を侵害した場合の賠償責任を免責する特約,A運送人が運送中に提供した食事により旅客の身体を侵害した場合の賠償責任を免責する特約,B災害時などの運送に際してその客観的状況から要求されるべき運送人の注意義務の程度を軽減し,又はその賠償責任を免責する特約につき,それぞれ無効とみるべきかどうかに関しても,意見照会の結果を踏まえ,引き続き検討する必要がある。
 試案の第3の3(1)の(注)では,両案のいずれによっても,船舶所有者の過失等により生じた損害の賠償責任に係る免責特約が無効になる旨の海上運送に特有の規律(商法第786条第1項,第739条)を削除することとしている。これは,甲案によるときは,陸上運送・海上運送・航空運送のいずれについても,消費者契約法,民法及び行政的規制等を通じて旅客の保護が図られるべきであり,他方,乙案によるときは,これによりその趣旨を全うすることができるからである。
   なお,分科会では,片面的強行規定を設けないとの甲案によるときでも,上記のような海上運送に特有の規律を維持すべきであるとの意見があった。
意見1
(2) 商法第590条第2項を削除するものとする。
 現行法は,旅客の損害賠償額を定めるに際し,裁判所は被害者及びその家族の情況を斟酌しなければならないと定めている(商法第590条第2項,第786条第1項)。
 しかし,現在の裁判実務においては,旅客運送契約に基づく損害賠償請求に限らず,一般に,治療費等の実費,休業損害等の逸失利益,慰謝料等の損害賠償額の算定に当たり,被害者及びその家族の情況が斟酌されており,商法第590条第2項を削除しても,旅客運送契約に基づく損害賠償額の算定の実務に影響を及ぼすものとはいい難い。また,同項の規律を存置しても,その適用結果は裁判所に一任され,旅客の予見可能性が高まるともいい難い。そこで,試案の第3の3(2)では,同項を削除することを提案している。
 なお,分科会では,商法第590条第2項の規律があることにより,旅客が安心し,その予見可能性が高まるとの意見があった。
 
4 旅客の携帯手荷物に関する運送人の責任
   商法第592条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 運送人は,旅客から引渡しを受けない手荷物(旅客の身回り品を含む。)の滅失又は損傷については,故意又は過失がある場合を除き,損害賠償の責任を負わない。
(2) 損害賠償額の定額化(商法第580条),責任の特別消滅事由(同法第588条)その他の物品運送人の責任の減免に関する規定(同法第578条を除く。)は,(1)の運送人の責任について準用する。
 現行法は,運送人は,旅客から引渡しを受けない携帯手荷物の滅失又は損傷については,故意又は過失がある場合を除き,損害賠償の責任を負わないと定めている(商法第592条,第786条第1項)。試案の第3の4(1)では,旅客の衣服その他の身回り品についても,旅客の保管の下にあるという性質に鑑み,携帯手荷物と同様の規律を及ぼすことを提案している。
 また,携帯手荷物については,商法第591条第1項のように物品運送に関する運送人の責任に係る規律が及ぶ旨の規定はないが,携帯手荷物に関する責任が運送人の保管の下にある受託手荷物に関する責任より重いのは不均衡であるとして,運送人の責任を減免する旨の規律(損害賠償額の定額化,責任の消滅等)が及ぶとする見解が有力である。そこで,試案の第3の4(2)では,性質上携帯手荷物に及ぼすことが適当でない規律(運送品の種類及び価額の明告を前提とする高価品に関する特則)を除き,物品運送人の責任を減免する旨の規定を準用することを提案している。例えば,損害賠償額の定額化(商法第580条)の規定の準用については,携帯手荷物の滅失又は損傷の場合における損害賠償の額は,旅客運送が終了すべき地及び時における価額によって定めるとすることなどを予定している。
 
5   運送人の旅客運送契約に基づく債権の消滅時効
     運送人の旅客運送契約に基づく債権は,1年を経過したときは,時効によって消滅するものとする。
 現行法では,運送賃に係る債権は1年の短期消滅時効に服するとされている(民法第174条第3号)が,学説上は,この「運送賃に係る債権」は広く運送に関して生じた債権を意味すると解されており,海上旅客運送については,このような考え方に基づき規定が設けられている(商法第786条第1項,第765条)。
 そこで,試案の第3の5では,このような学説を踏まえ,旅客運送についての総則的規律として,運送人の旅客運送契約に基づく債権の消滅時効につき,規律を設けることを提案している。
 
第4   海上旅客運送
     商法第777条から第787条までを削除するものとする。
 現行法は,海上旅客運送について,記名乗船切符(商法第777条),旅客に対する食料無償提供義務(同法第778条,第783条),旅客が乗船時期までに乗り込まない場合の取扱い(同法第780条),旅客運送契約の解除及び法定終了(同法第781条,第782条,第784条),旅客が死亡した場合の手荷物の処分(同法第785条),旅客運送のための傭船契約(同法第787条)等の規律を定めている。
 しかし,これらの規律は,基本的に現代の取引実態に適応していない上,不合理な内容の任意規定を存置すると,これと異なる契約条項が消費者契約法第10条等により無効とされるおそれがある。また,商法制定当時と異なり,現在では標準運送約款が整備されているほか,運送約款についての主務大臣の認可その他の様々な行政的規制も定められている。そこで,試案の第4では,海上旅客運送に特有の規律(商法第777条から第787条まで)は,現代の取引実態に適応せず,又は当事者間の契約に委ねることで足り,存在意義に乏しいものとして,削除することを提案している。
意見2
(注) 過失責任として,自動車,船舶,航空機等について安全性担保義務に関する規律を設けるという考え方がある。
(1) 現行法は,海上旅客運送について,船舶所有者は,発航の当時,船舶が安全に航海をするのに堪えることを担保すると定めており(堪航能力担保義務。商法第786条第1項,第738条),この義務違反による責任は,無過失責任であるとされる。また,堪航能力担保義務違反による責任を免除する約款は,無効であると定めている(同法第786条第1項,第739条)。
   これに対し,現行法では,陸上旅客運送及び航空旅客運送について,このような規律は存しない。
(2)  分科会では,堪航能力担保義務に関するこれらの規律を維持すべきかどうかについて,検討された。
   この点について,大審院大正5年1月20日判決・民録22輯4頁は,商法第590条に関し,旅客運送契約は,運送人が旅客を安全に目的地に運送することをその内容の一つとしており,運送人にはそのような契約上の義務がある旨判示している。この判例によれば,旅客側は,運送のために損害を受けたことの立証責任を負い,これに対し,運送人は,十分な安全性を確保したことなど運送に関し注意を怠らなかったことの立証責任を負うと解されるところ,このような構造からみると,旅客側が同条とは別に堪航能力担保義務違反を根拠とする賠償請求をすることは,一般的に想定し難く,そのような裁判例も見当たらない。また,海上物品運送の実務では,運送品に関する注意義務違反(国際海上物品運送法第3条第1項)を根拠とする損害賠償請求に対し,航海上の過失免責等の抗弁(同条第2項)が主張された場合に,別の請求原因として,堪航能力担保義務違反(同法第5条)を根拠とする損害賠償請求がされることが想定され,堪航能力担保義務の規律を維持する意義は大きいが,海上旅客運送については,航海上の過失免責等の抗弁は認められておらず,商法第590条とは別に,堪航能力担保義務の規律を維持する意義は乏しい。さらに,船舶安全法第1条では船舶の堪航性保持義務が明示的に規定され,民法及び消費者契約法の規律や運送約款の認可等の行政的規制を通じて旅客の正当な利益が保護され得る中では,陸上旅客運送や航空旅客運送の現状をみても,海上旅客運送についてこれらの規律を維持しなければならないとまではいい難い。分科会では,これらを踏まえ,堪航能力担保義務の規律を削除すべきであるとの考え方が主張された。このほか,陸上運送,海上運送又は航空運送を問わず,現在では,行政上の高度な安全規制が存在しており,海上旅客運送に限って堪航能力担保義務の規律が存することに合理性があるのかという指摘や,平成21年度における国内旅客運送の輸送機関別分担率(輸送人キロ:輸送した旅客数に乗車した距離を乗じたものの累計)は,自動車及びバスが65.6%,鉄道が28.7%,船舶が0.2%,航空機が5.5%であるとの指摘もあった。
   これに対し,分科会では,船舶その他の運送機関(自動車,列車,船舶,航空機等)について運送人がその安全性担保義務を負う旨の規律を設けることにより,一般的な安全配慮義務とは別に,運送人が運送機関の安全性に関して負う義務の内容が明確になり,旅客の保護に資するとの意見や,少なくとも,海上運送において堪航能力担保義務という概念は定着しており,これを削除する必要はないとの意見があった。そして,その安全性担保義務の内容としては,海上物品運送の堪航能力担保義務違反による責任を過失責任に改めること(試案の第3の2(2))を踏まえ,過失責任とすべきであるとの意見があった。また,旅客の生命又は身体の侵害に係る運送人の責任に関し,仮に,商法第590条第1項の規定に反する特約で旅客に不利なものを無効とする旨の片面的強行規定を設けない場合(試案の第1部の第3の3(1)の甲案)には,商法第786条第1項において準用する同法第739条の規律を維持することにも意義があるとの指摘があった。さらに,商法の見直しに際し,旅客運送の安全性に関する規定を削除することについては,商法全体の在り方という観点からも検討すべきであるとの指摘もあった。
   このような運送機関の安全性担保義務については,構造上の安全性に限るのか,又は運転手の資質等を含むのかなど,その具体的内容が曖昧であるほか,運送人が安全に旅客を運送するという商法第590条の債務の内容との関係を整理する必要などがある。そこで,試案の第4では,(注)として上記の考え方を紹介することとしている。
意見3